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2014年2月24日 (月)

旧石巻ハリストス正教会教会堂

2月23日 津波で被災した石巻市中瀬にある旧石巻ハリストス正教会教会堂(石巻市指定文化財)の解体を前にしての一般公開が行われた。


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1階は壁が壊れ、床の一部が穴が開くなど津波の痕跡が残っている。


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2階部分の屋根も痛々しく破損、この高さまで津波が押し寄せたようだ。 ↑

石巻市では3月までに解体と格納工事を終え、2014年度中の復元工事を目指すという。

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教会の内部 ↑


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震災前の図面です。 ↑

1階はポーチ・神父の居室・集会室
2階は至聖所(神父の祈りの場)・聖所(礼拝場所)・升壇(祭壇)・祭具室があります。

2階の至聖所と聖所の間にはイコノスタスという障壁があり、そこには種々のイコンがまつられています。

イコンとはキリストや聖人等の聖書における重要な出来事、たとえ話、教会史上の重要な出来事を描いた絵画です。
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キリスト教と縁が深いブドウ唐草が彫られた板欄間 ↑


「ハリストス」というのはロシア語で「キリスト」のことだそうだ。

正教会は東方正教会とも呼ばれています。 ローマカトリック教会やプロテスタント諸教会が西ヨーロッパを中心に広がった(西方教会)のに対し、キリスト教が生まれた中近東を中心にギリシャ、ロシアに広がりました。
日本へは江戸時代末期、函館のロシア領事館づきの司祭として来日したニコライによって伝道されました。
石巻地域には明治初期から布教が始まり、明治13年には石巻に教会堂が建てられました。
この教会堂は日本の教会建築としては、長崎市の大浦天主堂に次ぐ古い教会堂ですが、木造教会建築としては、最古のもので、建築史のうえで貴重な文化財です。

昭和53年(1978)の宮城県沖地震により、建築後約100年を経た教会堂は大きな被害をうけ、解体されることになりました。
そんな中、「文化財として保存を」という市民の声をうけて、中瀬公園へ移設、復元されました。


中瀬へ移転されましたが、旧会堂の跡地に新会堂を新築し、旧会堂の名称を引き継ぎました。(石巻市千石町)

石巻ハリストス教会の「会堂」は「聖使徒イオアン聖堂」との名称を用いています。
「イオアン」とは「ヨハネ」のことです。

石巻ハリストス正教会 聖使徒イオアン聖堂 ↓

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函館は日本ハリストス正教会の発祥の地であります。

安政6年(1860)建立、明治40年に焼失、大正5年(1916)復元建立。

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函館ハリストス正教会 会堂 ↑

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