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2015年9月22日 (火)

「雄勝法印神楽」 と 葉山神社再建  石巻市雄勝

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東日本大震災により大変な被害を受けた石(いその)神社の里宮の葉山神社殿は再建され、9月19日遷座祭が行われました。

津波で社殿が全壊し、社務所や神楽の道具も流失しましたが、ご神体は残り、仮のプレハブで神事が行われてきました。

石(いその)神社は石巻市雄勝町に鎮座する式内社です。

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葉山神社 拝殿 ↑

この神社は国指定重要無形民俗文化財「雄勝法印神楽」伝承の中心的な役割を担ってきました。

翌9月20日雄勝法印神楽が奉納されました。
地域内外の人達が大勢集まりました。


最初の奉納演目は「初矢」です。(動画 ↑)

雄勝法印神楽師が最初に学ぶ舞であり、本神楽の基本とされておりこの演目を完全に習得できないとほかの神楽演目を学ぶことが出来ないそうです。

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20日には13の演目が奉納されることになっていましたが、私は4演目を見学させていただいてまいりました。

天御中主の舞です。


次は「四矢」です。(動画 ↑)

国生み国造りの舞で、伊弉諾尊、伊弉冉尊の二柱は協力して日本国を生み、その国を治める神々を生みました。

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続いては「魔王退治」です。 (動画 ↑)
素戔鳴尊は自分のわがままであったことを悔い、良い神になろうと諸国を巡って修行を積みました。


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4つめは「蛭児」です。 (動画 ↑)

西宮神社の祭神、蛭児尊の舞です。

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[雄勝法印神楽] とは?

雄勝神楽は「大乗神楽」「山伏神楽」と称され、かっての山伏・修験者を「法印さん」と親しみをこめて呼んでいましたが、「法印」とは修験者の位階で、正しくは大僧都法印といい、この法印たちが一子相伝で伝承し秘宝を舞の中に組み入れ、世俗教化と神道・神事の大事を舞ってきたので「法印神楽」の名で伝えられております。

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羽黒派の神楽の特徴は太鼓二人(本山は一人)と笛一人で、ゆったり優雅に舞う場面と力強く勇壮に舞う場面があります。
太鼓を二人で打つため自己流にならず、昔のままのリズムで伝承されてきました。

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葉山神社所蔵の延享3年(1746)の「羽黒派末派修験帳」にh桃生郡内羽黒派十法印の名があり、これらの人々が神楽舞手の中核でその結びつきは明治中期まで硬かったといいます。 しかし明治の神仏分離令、修験道廃止令で神仏の混淆を厳しく禁ぜられたため、廃絶する修験院が多く、神職に受け継がれたと言え、神楽の伝承は困難を極めたようです。 この十法印とは雄勝では、大浜「市明院」(千葉宮司家)、雄勝浜「金剛院」(小田宮司家)、大須浜「大性院」(廃絶)で、他は三か院が残り、ほか四カ院は廃絶しました。
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大正元年「十五浜神楽団」を結成し、民間有志が加わり保存、伝承に努め、昭和26年「雄勝神楽保存会」に名称変更、昭和51年、「雄勝法印神楽保存会」に組織を改変し、平成8年に国の重要無形文化財に指定されました。
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葉山神社の後ろに見えるのが石峰山。山頂にご神体の磐座があります。↑  

石神社は、山岳修験者の霊場として古より守り伝えられてきた厳かな霊気のなか石峰山山頂に鎮座、大浜地区鎮座の葉山神社をはじめ周辺の地区には里宮が建立されその本宮として崇められて参りました。

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石神社の鳥居(登山口) ↑

葉山神社は石峰山麓の大浜に石神社守護の遥拝の里宮として創祀されました。
延徳2年(室町時代)に千葉家41代目玉岸法印が石峰山日光寺開山すると記録があり、仏教と山岳信仰が結びついた修験者の行場とされ、神仏確立令が出されるまで法印号を市明院と称しました。



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葉山神社 本殿 ↑

御祭神は、病気平癒、医薬の神として崇拝され一寸法師のモデルとして知られる少彦名神をお祀りしており、御神体の薬師如来坐像は宮司家初代千葉助太郎平義清が、河内国より守り本尊としてこの地に鎮祭すると社記にあり鎌倉時代の作と伝わっております。

御神体と十二神将像は12年に一度の亥年に内神殿御開帳大祭にて一般公開されます。

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葉山神社から大浜の海を臨む ↑

2015年4月29日 (水)

初午まつり 「火伏の虎舞」 加美町中新田

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2015年4月29日 好天に恵まれ、初午まつり 「火伏の虎舞」が行われました。

宮城県加美町中新田の伝統の祭り、宮城県指定無形文化財です。

中新田町は私の母の生まれ故郷ですが、今回初めて祭りを見ることができました。
好天に恵まれ、大勢の見物客で、賑わっていました。
火伏の虎舞は650年も歴史を重ねてきた祭りだそうです。


虎舞を演じるのは中学生、祭りを指導しているのは消防団員です。

「火伏の虎舞」は14世紀の中新田城主、斯波家兼が初午まつりに虎舞を奉納したのが始まりと伝えられています。

1974年宮城県無形民俗文化財に指定されました。
虎舞を仕切る加美消防団第一分団には第1~3部の3グループがあり、それぞれ別に舞を披露します。


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幼稚園園児による虎舞も行われていました。 さすがに、屋根の上とはいきませんが、かわいい「虎舞」です。



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会場になっている通りでは子供たちの山車もあって大いに盛り上げっていました。 沿道には出店の出店もあり、これまた、観光にきた人たちを楽しませていましたよ。

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2015年4月 6日 (月)

「小迫の延年」小迫祭 2015 栗原市金成

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2015年4月5日 国指定重要文化財である「小迫の延年」小迫祭が行われました。

小迫祭は、白山神社の例大祭で、春の農耕期を前に豊作を願って行われてきました。

今年の祭りは小雨の中、行われました。そのため例年に比べ参拝者、観光客が少ないようです。

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「延年」は、僧侶や稚児たちが寺院で演じた遊宴舞台の総称で、平安時代から室町時代にかけて盛んに行われてきたそうです。

現在も継承されている有名なものに平泉「毛越寺の延年」があります。

小迫の延年も歴史的、芸術史的価値高く、国の重要文化財にも指定されています。
                                        (受付でいただいたパンフより)


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勝大寺での法要 ↑

「延年」は小迫にある勝大寺で法要を営み、白山神社に神輿渡御を行った後、神社境内に設けられた土壇の上でさまざまの古風な芸能を演じます。

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白山神社への神輿渡御 ↑ ↓

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急な階段を神輿を担いで白山神社まで登ります。 


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白山神社への献膳 ↑ ↓

白山神社、観音堂、大聖歓喜天へ祭りの無事と豊作祈願のため献膳 


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観音堂での献膳 ↑

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こんな可愛い女の子も白山神社に参拝していました ↑


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御山開き、御法楽 ↑


御山開き、御法楽 (神明・老女・若女)
白神神社の神と二頭の龍女(白蛇、鳥蛇)の伝説をパントマイムで表現したものです。


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 (この写真は昨年撮影したものです ↑)

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今年は奥州三十三観音 22番札所巡りの参拝でしたので、祭りの途中で失礼しました。

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小迫観音堂 ↑

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2015年3月 5日 (木)

大室南部神楽  「文化遺産とまち、ひと、復興」宮城大会

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2014年2月11日(建国記念日) 「文化遺産とまち、ひと、復興」宮城大会が東北歴史博物館で開かれた。
文化遺産の復旧を支援する、市民団体、専門家、企業や財団、行政などが集まって、「文化遺産の復旧のあり方」等についていを意見交換など行うイベントである。

復活・復旧伝統芸能ということで、「大室南部神楽」と「女川獅子振り」の公演が行われた。
まずは、大室南部神楽の公演を紹介します。

大室南部神楽保存会 佐藤利喜夫会長の挨拶(動画) ↑

[要旨]
大室南部神楽は大正時代に岩手県藤沢町津田清人に教えを乞い伝承されてきた。

一時活動が途絶えたが、震災の翌年8月神楽に関係する人やその家族が集まった時に、若い人たちが神楽を復活させようようという意向が出され、全国の皆さんから支援と協力をいただき、道具等準備することが出来た。

昨年5月24日の復活祭には北は北海道、南は大阪から2千名の方々が大室に集まっていただけました。

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公演の演目は「田村三代」です。  

坂上田村麻呂は人々を苦しめて大嶽丸を成敗する命令を受けます。
その途中、自分も征伐に加勢しいという村人に出逢い二人は征伐に向かいました。
大嶽丸は実は田村麻呂の幼い時別れた母親だったのです。

 

田村三代の演舞ご覧ください(動画)   前半 ↑  後半 ↓

 

 

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  田村麻呂 ↑


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   村びと ↑


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田村麻呂と大嶽丸(幕の向こう側の人)↑

大室南部神楽保存会は岩手県 早池峰山修験道に伝わる南部神楽で、瑞山流の流れをくむと言われています。

太鼓、鉦、面などあらゆる道具は、当時の地域住民が各地から取り寄せ、遠くは東京上野まで買い付けに行き、衣裳においては地元の女性が手縫いで仕上げました。

伝承された南部神楽は、季節の祭り、祝い事、住民たちの生活の中に息づき、家から家、父から子へと伝わっていったそうです。

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   鉦は子供さんですよ!!  ↑




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再開した大室神楽 ↑


2013年5月24日、震災をきっかけに活動を再開し、伝統の舞が約15年ぶりに復活しました。津波で衣裳や道具が流されたが、ボランティアや全国からの支援で衣裳や道具がそろい、練習を重ねてきた。会員たちは、地元なまりを交えたセリフを取り入れた舞を上演し、内外からの集まった神楽ファンを魅了した。(石巻かほく)

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全国から大勢の神楽ファンが集まりました。 ↑

昭和57年(1982) 大室南部神楽保存会」として石巻市の無形文化財に指定されています。


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石巻市北上町大室漁港 ↑ (2013年5月撮影)





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女川獅子振り [文化遺産とまち、ひと、復興」宮城大会

2014年2月11日(建国記念日) 「文化遺産とまち、ひと、復興」宮城大会が東北歴史博物館で開かれた。
復活・復旧伝統芸能ということで、「大室南部神楽」と「女川獅子振り」の公演が行われた。

「女川獅子振り」の公演を紹介します。

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女川町の各浜には、それぞれ「獅子振り」があります。
獅子振りの町なのです。

今回公演したのは鷲神熊野神社氏子総代会の皆さんです。(動画) ↑
天保元年(1830)年頃から行われている歴史のある獅子振りです。

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獅子舞(獅子振り)は、石巻地方の海岸地域で多く見られ、正月に「悪魔祓い」、「大漁祈願」、家内安全」を祈って笛、太鼓のお囃子で獅子が一軒一軒廻ります。

 

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女川町の各浜に伝わる獅子舞(獅子振り)は、浜によって獅子の顔がすべて違います。
また、獅子は男獅子と女獅子があり、浜によって違います。

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舞は、「たんぶち唄」という祝い唄から始まり、家の座敷から「四方固め」の舞から始まります。
この「四方固め」は、座敷の四隅に住む悪霊・悪魔を獅子が見つけて、かぶりつき、その後、その家の当主の頭をかぶりつきます。
頭をかぶりつかれると、丈夫になると言われ無病息災を祈願するものです。

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その後、一度獅子は眠りに入り、速いテンポのリズムによって「虎舞」に移行していきます。
最後に、かぶりついた悪霊を外に吐き出し、舞は終わります。


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川開き祭り 2014   石巻市

石巻の夏祭り「石巻川開き祭り」が2014年7月31日、8月1日開催された。

治水で、石巻の街を救った川村孫兵衛翁に対する報復感謝の祭りとしての「川開き祭り」、川の恵みに感謝するとともに、ご先祖の供養のために始まったお祭りです。

31日の夕方、東日本大震災の犠牲者をしのぶ灯籠5000個が北上川に流され、淡い光が川面を彩った。

 

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水面に灯籠が!!

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灯籠5000個が北上川に流され後には、供養花火が打ち上げられました。

孫兵衛船競漕も復活
昭和50年から始まった孫兵衛船競漕、東日本大震災津波により格納していた孫兵衛船が被災し、使用不能になりましたが、山口県や広島県のロータリークラブのご支援で建造することが出来、今年の川開きまつりで復活したものです。

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〇 小学校鼓笛隊パレード





開北小学校 鼓笛隊 ↑


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湊小学校 ↑
震災後、湊2小と統合し、新たな湊小に。
校舎は湊小学校校舎を使用していますが、震災後長期間、被災者の避難住宅として使われました。



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門脇小学校 ↑
2015年度に石巻小学校と統合されます。
今年が門脇小学校としては、最後の鼓笛隊です。


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渡波小学校 ↑
震災後、稲井中学校校庭の仮設校舎での授業でしたが、4月から渡波小学校校舎での授業が再開されました。


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向陽小学校 ↑
そのほか市内各小学校鼓笛隊がパレードに参加しました。

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金華山黄金山神社 龍(蛇)神踊り ↑


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お神輿パレード
鳥取しゃんしゃん祭り(鳥取県)の方々も神輿担いでいます。

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お神輿パレードには子犬と幼い子供たちも参加。

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暑いこの日、子犬たち かき氷を強請っています。

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沖縄から参加「エイサー」 ↑

沖縄 今帰仁村湧川青年会の皆さんです。

「エイサー」は、東北出身の僧侶が仏教の布教に訪れた際、広めたのがルーツとされています。


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立正佼成会の皆さんのパレード ↑ ↓

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ブルーインパレス 展示飛行 ↑ ↓

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子供たちも参加の川開き祭り  ↓
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ビールが美味しい!!
出店の若い娘さん
お一人は大阪からのボランティアだそうです。 ↓

震災後4回目の川開き祭りも、全国のボランティアの皆さんに支えられています。

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従来の私の川開きまつりは、「花火大会」と「大漁踊り」でしたが、今年は1日目夕方からの灯籠と供養花火 2日目は街中でのパレード見学等、花火と大漁おどりは来年じっくり見ることにしました。はねこ踊りも見たかったですが、炎天下で少々疲れぎみなので、この辺で家に戻りました。
 
最後に、サルコヤ前の特設会場での津軽三味線ライブを動画でご覧ください。↓

 

はねこ踊り  桃生ふれあい祭り   石巻市桃生

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2014年9月13日桃生ふれあい祭りが開催され「はねこ踊り」のコンクールやパレードが行われた。

桃生ふれあい祭りは石巻市桃生地区最大のお祭りです。
寺崎地区に鎮座する八幡神社の「寺崎八幡神社例大祭」において、4年に一度奉納されていた「はねこ踊り」は藩政時代から、豊年踊りとして桃生地区につたわっています。
「はねこ踊り」は宮城県指定無形民俗文化財に指定されいます。



ステージでは小中学生によるコンテストが行われた(動画) ↑

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今年も、東京和光小学校、和光鶴川小学校両校の生徒の皆さんも参加しました。(動画) ↑

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桃生中学校 吹奏楽も披露されました↑

吹奏楽は全日本吹奏楽コンクールで金賞となり県大会出場

TBC子供音楽コンクールで優秀賞となり、東北大会に出場



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メーンのパレードは市内外から21団体の約1100人が、色鮮やかな法被で、踊りを披露したそうです。
私は当日のスケジュールが分からず、パレードがはじまる18時前には、会場を失礼しました。


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多くのお店が出店していました。

大室南部神楽 きたかみ春祭り   石巻市北上町

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2014年5月4日 石巻市北上町大室 「きたかみ春まつり」が開催されました。

好天に恵まれ、県内外から多くの人が訪れていました。


おまつりは、盛り沢山の中身のあるプログラムです。

トップバッターは「白浜獅子舞」です。

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獅子頭を支援団体から寄贈を頂き、今回初披露だそうです。

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笛を吹いていた若いおかあさん、演舞が終わって、お子さんを抱いてホットしているようです。

 

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いよいよ、大室南部神楽の演舞スタートです。(動画) ↓




演目は「羽衣」。

保存会としては、久々の演目だそうで、二人とも覚えたて。
女性二人の舞です。


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大室南部神楽保存会 演目帳から

「羽衣」

三保の松原の美しい風景を空の上から眺めていた天人。
少し休もうと松の枝に衣をかけて浜辺で遊んでいました。
その天人の羽衣を漁師が見つけました。
その美しさに見とれ、大事に持って帰ろうとしていたところ、天人に出会います。
天人はそれが天人の羽衣であり、地上の者が用いるものでないと、返すことをお願いします。
ますます宝にしたいと望むものの、天人があわれに思えて、漁師は天人の舞を見せてくれたら返しましょうと約束しました。
天人は衣を受け取り美しく舞はじめ、空高くのぼって消えていきました。


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昨年1月26日東北歴史博物館 民族芸能講座が開かれました。
(講師は笠原信男さんです。)
3回シリーズでの1回目は、「南部神楽と山伏神楽」でした。
その時、私は初めて「南部神楽」や「法印神楽」のことを知りました。

大室では伝統芸能・大室南部神楽を復活させることで、浜の震災からの復興も図ろうとしているようです。



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一関市の餅つき振舞隊の皆さんも祭りに参加して頂いています。



大室南部神楽に引き続き、北上町女川地区の女川法印神楽の演舞が披露されました。↓

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演目は「笹結び」です。

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この後も、盛り沢山の楽しいプログラムが予定されていましたが、私には自身の予定があったので、大室から失礼させていただきました。

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大室の磯 ↓ ↑

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大室漁港に案内板「中国広東船船漂着の概要と説明」 がありました。

津波で破損しておりましたが。


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寛政8年(1796)6月、中国広東省の船が大室浜の沖合に漂流してきた。
乗り組み員は仙台藩に保護されて、4ヶ月後に長崎に送還され、全員が広東への帰途に就いたとあります。




計仙痲神社 神輿渡御祭   石巻市旭山

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2013年4月28日 式内社 朝日山 計仙痲神社 神輿渡御祭が行われました。

神社の氏子それに子供神輿をかつぐ小学生の皆さんが参加しました。

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         小学生もお神輿かつぐ前に宮司からお祓いをうけました↑

      


      

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       子供神輿をかつぐ小学生のみなさん  ↑

         

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        神社のある山頂から麓に下りてきました。一休みです.↑

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    軽タラックに太鼓が先導します。 ↑

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      お神輿のコースの何か所かに御旅所があります。 ↑

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   計仙痲神社 大鳥居を道路挟で 重孝神社がありました。↑

   この神社の祭神は伊達騒動で有名な伊東七十郎重孝です。この北村の地が生誕の地です。
今回の地震で社殿が倒壊したそうで、現在社殿はありません。計仙痲神社と同じ日が祭りです。 017

日蓮宗久円寺 「お会式」  石巻市千石町

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第732遠忌報恩お会式法要並びに鬼子母神取子大祭が、2013年11月22日・23日 石巻市日蓮宗法音山久円寺において行われた。
日蓮聖人の命日に全国で営まれている。
お寺によって開催日が異なります。

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本堂↑




東京都練馬区本覚寺から駆け付けた住職や檀家の皆さん47名が参加されました。
さらに、本覚寺檀家の皆さんが作った万灯が贈られ、お披露目されました。
「被災地で復興の灯になって欲しい」と本覚寺吉田住職が語っています。

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  万灯 ↑

万灯(まんとう)は多くは塔を模したものだそうです。 桜の造花を飾って万灯供養を盛大におこなうのは、 日蓮聖人が亡くなった日、 日蓮聖人がもたれ掛かった桜の木が季節はずれの花を咲かせたという故事に由来しているそうです。


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山門↑





本堂では稚児による詞が奉納されていました。↑



境内にはたくさんのお堂が祀られていました。

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鬼子母神堂↑

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最上位稲荷堂↑

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七面堂↑

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浄行堂と浄行菩薩 ↑


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妙見堂 ↑


法音山 久円寺について

寺伝によれば
①鎌倉時代(1192~1333)日蓮の直弟 波木井実長の後妻妙圓が、実長死後船岡に転居
②妙圓死後、妙圓を開基とし屋敷を久円寺と号し建立。
③寛文事件(伊達騒動)の時原田甲斐により廃寺同然とされたが、孝勝寺19世日相が4代伊達綱村に願い、綱村の命により、元禄13年(1700)現在地に移転新築し再興。
孝勝寺末寺の筆頭となる。
④天保10年(1839)花火火災により妙見堂、庫裏を残し全焼
⑤嘉永5年(1853)23世日教代に再建

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