復興の歩み  石巻前網浜

ひろしの散歩道

  • ひろしの散歩道
    こちらのブログも私が公開しているものです。「復興の歩み 石巻前網浜」 の姉妹編です。どうぞこのブログも見て下さい。

東北古代史 蝦夷と城柵・官衙

歴史探訪 陸奥国・諸国 延喜式内社

ひろしの祈り 神社・寺院巡る旅

ふるさとの祭と民俗芸能

キャンナス

3.11被災女子学生奨学基金

  • 3.11 被災女子学生奨学基金
    この基金は、東日本大震災で被災した若い女性が、 困難に負けずに将来の可能性を拓いてゆくことを願って発足しました。 就学支援をするものです。
無料ブログはココログ

地図

奥州三十三観音の旅

2015年10月21日 (水)

奥州三十三観音の旅 満願しました。 2015.10.14

001

奥州三十三観音 第二番札所 秀麓斎   ↑

私の奥州三十三観音の旅 2,015年2月20日第2番札所 秀麓齋(名取市)をスタート、10月14日第33番札所天台寺(岩手県二戸市)を参拝して満願することが出来ました。

この間、全札所と特別霊場3ケ寺合計36ケ寺についてブログを公開することができました。

このページから各札所のブログにリンクさせましたので、どうぞ興味ある方はアクセスしていただければ幸いです。

           高田 弘

第 一 番       那智山 紹楽寺          名取市

第 二 番        天苗山 秀麓齋          名取市

第 三 番       金剛寺 観音堂          名取市 

第 四 番       安狐山 斗蔵寺           角田市

第 五 番       名取千手観音堂            名取市

第 六 番      三聖堂(青龍山 瑞巌寺)    松島町 

第 七 番      富春山 大仰寺            松島町

第 八 番      両峰山 梅渓寺             石巻市

第 九 番      無夷山 箟峯寺               宮城県涌谷町

第 十 番      大嶽山 興福寺           登米市南方町

第 十一 番     香積山 天王寺           福島市

第 十二 番     大悲山 観音寺          福島県桑折町

第 十三 番      明王山 大聖寺           福島県桑折町

第 十四 番      法輪山 大慈寺           登米市東和町

第 十五 番      竹峯山 華足寺           登米市東和町         

第 十六 番      音羽山 清水寺           栗原市栗駒

第 十七 番      龍雲山 大祥寺             一関市花泉町

第 十八 番      松沢山 六角堂            一関市花泉町

第 十九 番       新山 観音堂             一関市花泉町

第 二十 番      中興山 徳寿院             一関市花泉町

第二十一番     円通山 観音寺            栗原市金成

第二十二番     楽峯山 勝大寺            栗原市金成

第二十三番     大白山 長承寺          登米市中田町

第二十四番     遮那山 長谷寺             登米市中田町 

第二十五番     妙見山 黒石寺           奥州市水沢区 

第二十六番     亀峰山 長泉寺             一関市大東町

第二十七番     東光山 観福寺           一関市

第二十八番     大善院 蛸浦観音         大船渡市

第二十九番     海岸山 普門寺            陸前高田市

第 三十 番      白華山 補陀寺              気仙沼市 

第三十一番     江峰山 聖福寺           八幡平市西根 

第三十二番     北上山 正覚院           岩手県岩手町

第三十三番     八葉山 天台寺           二戸市浄法寺町

特別霊場        関山 中尊寺             岩手県平泉町

特別霊場        医王山 毛越寺           岩手県平泉町

特別霊場       瑠璃光山 医王寺          福島市

058

第10番札所 興福寺観音堂 ↑

2015年10月19日 (月)

八葉山 天台寺  岩手県二戸市浄法寺町

141_1 025

二戸市浄法寺町に 八葉山 天台寺がある。
天台宗のお寺で、奥州三十三観音の33番札所です。

私の奥州三十三観音の旅も天台寺で満願となりました。
今年2月20日第2番札所秀麓齋(名取市)にお詣りしてから8か月間の巡礼でした。


109_1


現在、本堂と仁王門は保存修理工事中でした。   

102_1

本堂と仁王門は国指定の重要文化財です。

100_1

1976年中尊寺管主であった今春聴(作家今東光)が特命住職として普山、本尊十一面観音の造立を発念し復興に着手したが、着任まなく病に倒れ、のち瀬戸内寂聴が住職として後任を勤め、復興に尽力しました。
毎月1回の法話の日には、境内に入れきれない程の参拝者で賑わっていました。
2005年に住職を引退、現在は名誉住職です。
私が参拝した数日前、11日にも特別法話が行われ、雨の中約2千人の方々がおこしになったそうです。約1年半ぶりです。以前は年2回程度行われたようですが、93歳の高齢になって、現在は不定期なようです。

103_1

現在の本堂はこちらです。 ↑

105_1

(仮)本堂の内部 ↑

129_1    

現在、宝物館にあるのが御本尊「聖観音菩薩」です。↑

128


寺伝によれば、奈良時代神亀5年(728)に行基菩薩が聖武天皇の命を受けて、八葉山と命名し、山中の桂の大木を刻んで本尊聖観音菩薩とし、天皇直筆の額を掲げて開山したと伝えられている。
草創の正確な時期は不明であるが、寺に伝わる仏像の制作年代から平安時代には寺観が整っていたと思わています。

127_3



宝物館には十一面観音菩薩像など多くの仏像 ↑


126



118_1

観音堂(?) ↑

111_1

菩薩(観音菩薩)坐像 ↑

東北歴史博物館 特別展 「みちのくの観音さま」でお会いした観音様です。

096_1

本堂には階段を上って行かねばなりません ↑

095_1

境内には石仏が数多くあります。 ↑


145_1


天台寺山道 入口 ↑


144_1

143_1_2

登り口には鳥居もありました。 ↑

2015年10月18日 (日)

北上山 正覚院  岩手県岩手町

061_1023

岩手県岩手町御堂に天台宗 北上山 正覚院があります。
奥州三十三観音 第32番札所です。

「御堂観音」の通称で親しまれている観音様です。
大同2年(807)に坂上田村麻呂が奥州平定の折、敵味方の戦没者の慰霊と天下泰平、五穀豊穣を祈願して一宇を建立して、十一面観音を安置したといわれています。

067_1

のちに、この十一面観音は紛失したそうです。
その後、天喜5年(1057)前九年の役の際、頼義、義家の軍は炎天続きで飲料水に事欠いたが、義家が観音堂に籠り祈願したところ、夢枕があって、杉の根もとを掘ると清水が湧いてきたと伝えれています。「ゆはずの泉」と名付けられました。

076_1

この霊験に感動した頼義、義家  父子は観音堂を改築し、 義家の護持仏「千手観音」を安置し、堂名を新通法寺正覚院と命名したと伝えられています。

その後、元亀・天正(1570~1591)の頃、世の乱れのどさくさで千手観音は一時行方不明になりましたが、秀吉の手に渡り、秀吉が護持仏としていました。
やがて、家臣の蜂須賀隆長に恩賞として渡り、息女春子姫が南部藩に輿入れの際、形見の護持仏として与えたため再び南部の地に戻ったと伝えられています。

南部家の家宝として護持され、正覚院にはその分霊が奉安されたそうです。


079_1

080_1

本堂 内部 ↑

081_1

082_1

本堂に祀られている仏像 ↑ ↓

084_1

078_1

「ゆはずの泉」は北上川の源泉とされている。

077_1

水が湧き出ている ↑

057_1

059_1

湧き出た水はやがて北上川に ↑

073_1_2
 

2015年10月16日 (金)

江峰山 聖福寺  岩手県八幡平市西根

042_1_2  024

聖福寺本堂 ↑

岩手県八幡平市西根に曹洞宗 江峰山 聖福寺があります。
 奥州三十三観音 第31番札所です。
聖福寺は、慶長3年(1598)に初代の寺田城主である北愛一彦助の開基で、盛岡市永泉寺二世尽室長呑禅師の開山と伝えられています。

033_1

聖福寺の御本尊 釈迦牟尼仏 ↑


>035_1_1_2

本堂の内部 ↑


032_1

本堂には光昧地蔵菩薩が祀られています。 ↑
岩手県指定文化財です。


039_1_1

白坂観音堂 ↑

本堂の右手前に三十一番札所 観音堂(白坂観音堂)があります。
もと鹿角街道沿い七時雨山麓にあったと伝えられている。
聖武天皇は蝦夷に信仰心をもたせ、心を和らげる意図をもって、神亀5年(728)勅願所として白坂観音堂を建立させ、将監吉次に御本尊 七面観音像を鋳造させました。

天台寺と同じく行基に開眼させたと伝えられています。

036_1

市指定文化財の鰐口 ↑

その後、朱雀院が延長8年(923)建立された天台宗寿応山沢両寺に遷宮されており、沢両寺からは縁起を刻した大鏡が残されている。
七面観音は大鏡の懸仏のように思われています。
観音堂はもと別当修験南嶽院にあったが、明治の廃仏毀釈により明治8年(1875)揃って聖福寺に安置されています。

046_1_1_2

037_1


031_1

庫裏 ↑

028_1



聖福寺の裏山に寺田城跡があります。

 

2015年10月 7日 (水)

医王山 毛越寺 岩手県平泉町

082002

岩手県平泉町に天台宗 医王山 毛越寺があります。
特別史跡・特別名勝に指定されていますが、奥州三十三観音 特別霊場でもあります。

毛越寺は慈覚大師円仁が開山し、二代基衡から三代秀衡の時代に多くの伽藍が造営されました。
往時には堂塔40僧坊500を数え、中尊寺をしのぐほどの規模と華麗さであったといわれています。

奥州藤原氏滅亡後、度重なる災禍に遭いすべての建物が焼失したが、現在大泉が池を中心とする浄土庭園と平安時代の伽藍遺構がほぼ完全な状態で保存されています。

015

毛越寺 本堂 ↑

本堂は一山の根本道場で、平安洋式の建物です。平成元年に建立されました。
造営当時の伽藍は中尊寺をしのぐ規模で「吾が朝無双」と称された。


018

本尊 ↑

本尊は薬師如来で、平安時代の作です。
本尊の脇士は日光・月光菩薩、さらにその周りには本尊守護の四天王が安置されています。

022

023


078

境内に広がる大泉の池は、修復整備され平安時代の浄土庭園の素晴らしさを今に伝えている。

052

池に水を引き入れる「遺水」も当時のままで、毎年5月には、「曲水の宴」が催される。

063


057

常行堂 ↑

正月20日に、境内常行堂で行われる二十日夜祭では中世芸能「毛越寺の延年」が古式ゆかしく行われている。

058

081

038

025

2015年10月 6日 (火)

関山 中尊寺 岩手県平泉町

100001

中尊寺は嘉祥3年(850)慈覚大師円仁を開創とする天台宗の古刹です。
昭和33年別格大寺に昇格、天台宗東北大本山の称号が許されています。

奥州三十三観音巡りの特別霊場(番外札所)でもあります。

その後、12世紀のはいめに奥州藤原氏初代清衡によって大規模な堂塔の造営が行われました。
藤原氏滅亡後、度重なる火災によって、多くの堂塔が焼失したなか金色堂だけが当初のまま残り、その堂内には奥州藤原氏のご遺体が納置されています。

184

金色堂 ↑

月見坂を上り本坊前を通りさらに進めば金色堂があります。

金色堂を保護する目的で建てられた覆堂は昭和43年完成の二代目。
初代は旧覆堂として金色堂の近くに移設されました。

181

旧覆堂 ↑


清衡の中尊寺建立の趣旨は、11世紀後半に東北地方で続いた戦乱(前九年・後三年合戦)で亡くなった霊を敵味方の別なく慰め、「みちのく」といわれた東北地方に仏国土を建設するというものでした。

115

本堂 山門 ↑
清衡は長治二年(1105)より中尊寺の造立に着手します。
まず東北地方の中心にあたる関山に一基の塔を建て、境内の中央に釈迦・多宝如来の並坐する「多宝寺」を建立し、続いて百余体を安置した釈迦堂を建立します。

133

中尊寺 本堂 ↑

清衡は釈迦如来により説かれた法華経に深く帰依しました。
法華経の教えに浄土教や密教を加え大成された天台宗の教えに基づき伽藍が建ち並び、吾妻鏡によると、寺塔が40、禅坊が300におよんだといいます。

118

本尊 釈迦如来 ↑





160

162

白山神社 拝殿 ↑

167

白山神社 本殿 ↑

164_2



163

白山神社 能楽堂 ↑

169



174

釈迦堂 ↑
   

180

芭蕉像 ↑

「五月雨の隆のこしてや光堂」

087

月見坂 ↑   

2015年9月25日 (金)

瑠璃光山 医王寺  福島市飯坂

162146

福島市飯坂に 真言宗豊山派 瑠璃光山 医王寺がある。

平安時代天長3年(826)に開基したお寺であり、奥州三十三観音 特別霊場であります。

弘法大師作の薬師如来をおまつりし、霊験あらたかで数多くの人々の信仰を集め鯖野も薬師と呼ばれ親しまれております。

また、佐藤家の遠祖、一族の菩提寺でもあります。

169_2    

内門 ↑

028

医王寺本堂 ↑

030

本堂 ご本尊大日如来↑

この地域は信夫といい治承の昔(1177)佐藤基治が当地の大島城を居城とし、奥州南部を治めていました。
その頃、平泉の藤原秀衡のもとにあった源義経が源平合戦の旗揚げした折、その子継忠・忠信の二人を遣わしました。
義経を守るべき使命をおびた兄弟は、平家との対戦で目覚ましい活躍をしましたが、惜しくも兄継忠は屋島の合戦で義経の身代わりとなって討ち死にしました。
その後、義経が兄頼朝と和w失い、都で追手に遭い攻められた時、弟忠信は「義経」を装って敵をひきつけ、その間に主従一行を脱出させることが出来ました。
しかし自分は討ち死にしました。

035

奥の院 薬師堂、その後が佐藤一族 墓所 ↑

その後、弁慶らとともに奥州に入った義経一行は平泉へ向かう途中この寺に参籠し、遺髪を埋めて二人の追悼の法要を行いました。

034

左から忠信公、義経公、継信公 ↑

038

継信公・忠信公の墓 ↑

024

040

乙和の椿 ↑

基治、乙和御前夫妻の墓碑の傍らにある古木で、乙和御前の悲しみ、母情が乗り移ったのか、つぼみのままで開かずに落ちてしまう椿です。

いつしか人は、この椿を乙和の椿と呼ぶようになりました。

041

045

本堂山門を出て老杉の並木道を進むと、奥に奥の院 薬師堂があります。↑

046


023

鐘楼堂 ↑

2015年9月17日 (木)

明王山 大聖寺  福島県桑折町

112 158

福島県桑折町に 奥州三十三観音第13番札所  明王山 大聖寺があります

真言宗豊山派のお寺です。

114

本堂は建立年代は明らかではないが、明和2年(1765)に大修理が施されたと記録されている。
ご本尊の阿弥陀如来が安置され、本堂入口には「瑜祇殿」の扁額が掲げられている。
草創の縁起など古い寺歴については明らかでないが、文化2年(1805)の大聖寺由緒書上げには、常西寺観音の別当寺で、寛永元年(1624)に宥甚法印が再興し、後に保原の長谷寺の末寺となったと記されている。

116_2

本堂に向かって左の石段を上がったところに観音堂がある。
常西寺観音と呼ばれ、往時は補陀山常西寺と号する独立した寺であった。
縁起について明らかでないが、一説では、名取老女旭がこの地に草堂を結び、弘法大師作の白檀の聖観世音菩薩を本尊とし、その後平泉の藤原秀衡がこれを再興したと伝えられている。
補陀山常西寺時代の御本尊白檀の聖観世音菩薩は等身仏であったが、何故か今では頭部だけが残って伝えられ、大聖寺の寺宝として秘蔵されている。
その御開帳は三十三年に一度で、最近では昭和59年に行われた。
また、前仏の御開帳は毎年4月第2日曜日となっている。
 
117

観音堂 本尊 聖観世音菩薩 ↑


119

観音堂の左側にある鐘楼 ↑

115_2    

本堂左手にある地蔵堂 ↑

113_2

大悲山 観音寺  福島県桑折町

 
108 156_2


観音寺 本堂 ↑

福島県桑折町に、奥州三十三観音第十二番札所  浄土宗 大悲山観音寺があります。
観音寺は宝治元年(1247)伊達家四代桑折西山城主政依が父義弘公の菩提を弔うため、京都・鎌倉にならい伊達五山の1ケ寺として建立された寺です。

創建当初は天台宗であったが、真言宗の時代もあったといわれています。
寛永13年(1636)に宗門改めの際、当時の住職が浄土門の出であったので、浄土宗に改宗、磐城専称寺の末寺となりました。

106

拝殿観音堂 ↑

107_3

観音堂の歴史は観音寺より古く、大同年中(806~809)に坂上田村麻呂が奥州の蝦夷平定の際にこの地に建立し、聖観世音菩薩を安置して戦没者の霊を弔ったことに始まるといわれています。
弘法大師が聖観世音を彫って安置したとも伝えられています。
この観音様は秘仏として奥の院観音堂に祀られています。

101_2

仁王門 ↑

石段を上がったところに仁王門があります。
さらに20段上がったところに拝殿観音堂と鐘楼があります。

111

鐘楼 ↑


110

099

100_2

観音寺 案内板 ↑



2015年9月16日 (水)

安狐山 斗蔵寺  角田市小田

 

138

角田市の斗蔵山(標高238m)は、地元では「おとくらさん」の愛称で親しまれている霊峰で、山頂には、大同2年(807)に坂上田村麻呂が建立したと伝えられる斗蔵寺観音堂があります。
奥州三十三観音第四番札所とされ、県内外から深い信仰を集めています。

駐車場から斗蔵寺まで400mの遊歩道(霊験の道)となっており、野鳥の声を聞きながらのウォーキングコースとなっています。

130

斗蔵寺観音堂 ↑

安狐山 斗蔵寺は真言宗智山派のお寺です。
開草については弘法大師、慈覚大師であるとの二説があるそうです。

125

観音堂内部 お前立ての千手観世音菩薩 ↑

寺に伝わる青銅造千手観音像懸仏(秘仏)は鎌倉時代のもので、宮城県の文化財に指定」されています。

131


全国から奉納された18体の観音さま  ↑

136

境内の石仏 ↑

127

斗蔵神社 ↑   

斗蔵観音堂の奥に鎮座する神社で日本武尊も東征の際、この地にきたといわれています。


133

鐘楼 ↑   

134

子安観音 ↑   


143

斗蔵山へのは入口の赤い橋↑


福島県の札所(11番から13番)から阿武隈川沿いに国道349号を進んだが、先日の大雨のため途中で通行止め。
ちょうど通りかかった人の案内で、どうにか県道105号に入って角田市斗蔵寺にたどり着くことが出来ました。

139

斗蔵山から角田市街地が見えます ↑

141

斗蔵山駐車場の野鳥の森の案内板  ↑↓   

142

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー