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2015年6月

2015年6月29日 (月)

法輪山 大慈寺  登米市東和町米川

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山門 ↑  

奥州三十三観音 第十四番札所 法輪山 大慈寺は登米市東和町米川にあります。
この寺は,開山以来たびたび災害に遭って、堂塔をはじめ多くの寺宝を失い、寺の由緒について詳しく分からないそうですが、平泉藤原秀衡が開創したと伝えられている。

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当初は天台宗で、諏訪森大慈寺と号し、藤原氏隆盛の時代は栄えたが、藤原氏滅亡(1189)とともに衰退し、やがて廃寺同様になりました。
永享元年(1429)に奥州市水沢区黒石にある曹洞宗東北大本山正法寺4世の中山良用和尚が自らの隠居寺として入山し、天台宗を曹洞宗に改めて再興、山号も現在の法輪山大慈寺としました。

正法寺門派536箇寺中の8箇主寺のひとつです。

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14番札所 ご本尊 聖観音菩薩 ↑

当初の14番札所ご本尊は運慶の作と伝えられていたが、火災によって焼失し、現在のご本尊は後に奉納されたもので、作者も年代も定かでないそうです。

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この寺で唯一往年の姿をとどめているのが永享元年(1429)に開山中山良用大和尚によって建立された山門があります。
度重なる火災を免れ、昭和47年 旧東和町の史跡建造物に指定されています。

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大慈寺に伝わる行事の一つに2月初午に行われる「米川の水かぶり」があります。
米川の五日町地区に伝わる火伏行事で、大慈寺境内の秋葉山大権現と諏訪森大慈寺跡に火伏祈願した後、町に出て家々の屋根に水をかけて歩きます。

約800年の歴史があるといわれる、国の指定重要無形民俗文化財にも認定されている歴史あるお祭りです。

地区内に住む男たちがわら装束に身を包み、顔に墨を塗って神様の使いとなり、家々の前に用意された水を家にかけ、町中の火伏を祈願します。


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男たちが身につけているしめ縄のわらを抜き取り、屋根に上げると火伏のお守りになると伝えられています。

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「水かぶり」は奇声を発しながら町内を駆け抜けて行く厳寒の荒行であります。

2015年6月28日 (日)

竹峯山 華足寺  登米市東和町

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山門 ↑    
山門は、寛政11年(1799)伊達家9代周宗公の祈願により建てられた。

登米市東和町米川に奥州三十三観音第14番札所 真言宗智山派 竹峯山大悲院 華足寺がある。
征夷大将軍坂上田村麻呂が大同2年(807)蝦夷との戦いで、敵・味方の戦争犠牲者の迷魂を鎮撫するために、建立したと伝えられる。



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華足寺観音堂 ↑ 

華足寺の鱒淵馬頭観音は坂上田村麻呂により建立された奥州7観音のひとつ。 ↑

坂上田村麻呂の活躍には、「葦毛の名馬」の働きがあったといいます。
その名馬が息絶えたのがこの鱒淵の地であり、馬の霊を弔うため、「馬頭観音」が祀られました。


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馬頭観音としては日本最古であり、又最大であります。信者は遠く関東、関西からも多くの競馬関係者が参詣にきたいます。

現在の本堂は、天明6年に再建されたもので四間四面総欅造りであります。

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坂上田村麻呂の愛馬を祀る奥の院 ↑



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華足寺の客殿  ↑ ↓

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山門とともに県文化財指定の客殿は八間に五間、単層入母屋造り桟瓦葺である。

西南隅に玄関が付くが、内部の部屋の造り、配置等から「お成玄関」と考えられる。



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白山権現堂 ↑

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鐘楼 ↑

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馬でなく、なぜか牛がいます? ↑

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境内にある及甚の記念碑 ↑

鱒淵出身の及川甚三郎は明治39年、日露戦争と冷害により生活困窮に陥った地域を救おうと村民等82人を募り、帆船「水安丸」で新天地カナダに密航した。

現地で漁業、農業、製造業など幅広く事業を展開し、生活していたドン島は及川島と呼ばれるまでになった。

そのパイオニア精神は今に引き継がれ、カナダバーノン市と姉妹都市として交流している。
このことを題材に新田次郎が小説「密航船 水安丸}を書いている。 

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新田次郎文学碑↑


2015年6月 4日 (木)

名取千手観音堂 名取市増田

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名取市増田に奥州三十三観音 第五番札所 名取千手観音堂がある。
平成15年に現在地 名取市役所通りに移転しました。
別当の佐藤さんの移転に伴なっっていてんしたもので、以前は国道4号線の旧増田町本町にあったそうです。

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観音堂 ↑

観音堂は昭和7年に改装されました。
現在は1m四面の観音堂でしたが、以前は1間四面でした。


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御本尊の千手観音は逗子に納められいて、高さ60cmほどの立像で、寄木造りの漆乾仕上げの観音様です。

現在は佐藤さん邸内に祀られていますが、由緒・沿革については一切資料もなく、以前は何寺にあったかも判りません。

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佐藤さんと庭続きで、綺麗に整備されています。 ↑ ↓

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● 名取老女の墓のこと

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奥州三十三観音の創設については 、詳しい資料は残っていませんが、名取の老女旭が草創したと伝えられています。

千手観音堂の約1km北方に「名取老女の墓」と  伝えられる石碑がありました。
名取市観光協会「名取老女の由来」によりますと名取老女の徳を偲んで地元の人たちが建立した由来碑とあります。


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