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2015年3月21日 (土)

大善院 蛸浦観音  大船渡市赤崎町

 

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奥州三十三観音 第28番札所 修験宗大善院 蛸浦観音は大船渡市赤崎町にあります。
近くに鳥居は見えるのですが、蛸浦観音になかなか辿り着くことが出来ませんでした。
崎山家は大善院の末裔で、開創以来代々世襲で、別当であります。

崎山家は観音堂から5分位離れたところにありました。
観音堂参拝の後、崎山家で御朱印をいただきました。

崎山さんの家族によりますと、駐車場もあったそうですが、東日本大震災により、駐車スペースがなくなり、参拝道路も分かり難くなったそうです。


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鳥居を入ったところに、尾崎神社が見えます。
(鳥居のすぐ前まで、海になっていますが。)

尾崎神社の右側に蛸浦観音がありました。

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蛸浦観音堂 ↑

三間(5.4m)四面に三尺(90cm)の濡れ縁をめぐらした御堂の内部は内陣と外陣に仕切られているそうです。 建立の年代は明らかでないが、修験僧の祈祷が行われていた面影が残っているそうです。
残念ながら、観音堂には誰もいなく、内部を拝見することが出来ませんでした。
御本尊は千手観音菩薩です。
逗子に納められて安置されていますが、作者年代もも明らかでないそうです。

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名取老女旭が奥州に三十三所の札所を設定する旅の途中、この山に祀られた尾崎神社の霊気を感得し、28番札所を設けたといわれています。
昔は神仏習合だったため、大善院は尾崎神社と観音堂を併せ護持していたものと考えられます。

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尾崎神社の草創は延暦2年(783)。
養和元年(1181)に鎮守府将軍藤原秀衡より社領2百石を賜り、天正18年(1590)に領主葛西氏が滅びるまで続きました。
伊達政宗以来代々藩主巡国の際奉幣され、明治維新後に郷社に列し、さらに明治7年(1874)に村社に列しました。
   

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本殿は尾崎山の山頂にあり、観音堂の傍にあるのは昭和39年に参拝者の便を考えて新たに建立された拝殿であります。

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鳥居の前の北前船復元船「気仙丸」が見えます。↑

この復元船は東日本大震災にも無傷で残ったそうです。

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蛸浦漁港には大型漁船が停泊していました。↑

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鎌田水産 ↑

蛸浦観音のすぐ前の漁港にある鎌田水産は東日本大震災の津波で甚大な被害を受けたそうですが、すでに復旧・復興し、生産再開しているそうです。



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